
強迫性障害
強迫性障害
強迫性障害は強迫観念と強迫行為の2つの症状により生活に支障をきたす病気です。強迫観念は「鍵やガスの元栓をしめ忘れたのではないか」、「手にバイ菌がついているのではないか」、「車で人をひいてしまったのではないか」などと、意思に反して繰り返し頭に浮かぶ考え、観念、イメージであり、不快感、不安、苦悩、苦痛を引き起こします。強迫行為とは強迫観念を抑え込もう、振り払おう、消してしまおうとして、「鍵やガスの元栓などを何度も確認する」、「何度も手を洗う」、「何度も同じ道を通る」などのくり返す行動のことです。強迫行為は自分でも過度で不合理な行動だと思いながらも行わずにはいられず、多くの時間やエネルギーを費やして社会生活や日常生活に支障をきたします。米国では強迫性障害の罹患率は1.9~3.3%と報告されており、日本の大学生対象の調査では罹患率は約1%程度と推定されています。
「自分や身の回りのものが汚染されているのではないか」「ばい菌やウイルスに触れたかもしれない」という強い不安(強迫観念)から、繰り返し手を洗ったり、入浴を何度も行ったりする行動(強迫行為)が現れます。帰宅後すぐに衣類を脱ぎ、すぐ洗濯する、除菌グッズを大量に使用するといった行動も見られ、日常生活に支障が出ることがあります。
「自分の不注意で他人に迷惑をかけてしまったのでは」「人を傷つけたのでは」という恐怖(加害恐怖)が繰り返し頭に浮かび、玄関の鍵やガス栓の確認を何度も行う、運転後に人を轢いていないか道路を戻って確認する、SNSでの発言を見直す、などの行動が止められなくなります。他人に危害を加えていないことを確かめるまで、安心できないという状態です。
「4(死)」や「9(苦)」などの数字、赤や黒などの色、ある言葉や行動が縁起が悪いと感じ、それらを避けたり、縁起を打ち消すための「儀式」を行います。たとえば、不吉な数字を見たあとに決まった言葉を唱える、一定の回数物を触るといった行動が典型的です。迷信的に思われる行動も、本人にとっては不安を和らげる大事な行動になっています。
「左右が対称でないと落ち着かない」「数や並び方が完璧でないと気がすまない」といった強迫観念により、物の配置を何度も直す、文字を何度も書き直す、決まった順番で物事を行わないと不安になるなどの行動が現れます。細かいズレや不一致が強い不快感につながり、繰り返しの行動が日常を圧迫することもあります。
「自分が重い病気に感染してしまうのでは」といった過度な不安にとらわれ、特定の感染症(梅毒、エイズ、COVID-19など)に対する恐怖が中心になります。感染のリスクが少ない状況でも、頻繁な手洗いや入浴、洗濯を繰り返すようになり、検査を何度も求めたり、医療機関を渡り歩くこともあります。
自分が「してはいけないこと」をしてしまうのではという恐怖(例:万引き、暴力、痴漢、性的発言など)が強く、実際には行っていなくても「やってしまったかもしれない」と感じてしまいます。その結果、身近な人に繰り返し謝ったり、告白したりする(懺悔行為)が見られます。これは本人にとって罪悪感や不安を和らげるための行動ですが、周囲との関係に影響を及ぼすこともあります。
薬物療法と精神療法(認知行動療法)の両面からのアプローチが有効です。症状の程度や生活への影響に応じて、医師と相談しながら適切な治療を継続することが大切です。
主にSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という抗うつ薬を使用します。SSRIは脳内の神経伝達物質であるセロトニンの濃度を高め、不安や強迫観念を和らげる効果があります。
効果が現れるまでには2〜4週間ほど時間がかかることが多く、最初のうちは症状が変わらない、または一時的に悪化したように感じることもありますが焦らず継続することが大切です。
場合によっては、SSRI以外の以下の薬が補助的に使われることもあります。
一時的な強い不安や不眠に対して使用されることがあります。依存性のリスクがあるため、短期間、少量での使用に限られることが一般的です。
強い強迫観念が続く場合や、他の薬で十分な効果が見られない場合に、少量を併用することがあります。
薬の選択や量の調整は、効果や副作用を慎重に見ながら進めていきます。定期的な診察と、主治医との密なコミュニケーションがとても大切です。
精神療法では、認知行動療法(CBT)の中でも特に「曝露反応妨害法(ERP:Exposure and Response Prevention)」が有効とされています。
ERPでは、患者様をあえて不安や恐怖を感じる状況に“曝露”し、これまで行っていた強迫行為(例:手洗い、確認行動など)をあえて“行わずに我慢する(反応妨害)”練習を行います。たとえば、手が汚れていると感じてもすぐに洗わず一定時間耐えることで、不安が自然に弱まっていくことを体感していきます。
強迫性障害は、「不安を和らげるための行動」が次第に習慣化し、日常生活に支障をきたしてしまうことのある心の病です。治療と並行して、日常での意識や周囲の理解も、回復への大きな助けになります。
強迫性障害は、焦らず少しずつ改善を目指すことが重要です。「考えないようにしよう」「確認をやめよう」と無理に抑えようとすると、不安が逆に強まってしまうことがあります。小さな成功体験を積み重ねながら、無理のないペースで治療を進めましょう。
強迫行為を我慢した後に不安が高まっても、それは一時的な反応です。やがて不安は自然に和らぐことが多いため、「不安は必ず消える」という経験を重ねることが大切です。不安に向き合い、時間の経過とともに減っていく感覚を覚えることで、強迫行動に頼らなくても大丈夫という安心感を得ることができます。
周囲の方が「また確認すれば安心だよ」と繰り返し応じてしまうと、強迫行為が強化されてしまうことがあります。また患者様の代わりに確認を周囲の方に求めることがあります。ご本人にとっての「安心」をすぐに与えるのではなく、不安に耐える力を育む視点を持つことが重要です。ご家族やパートナーにも、治療の一環として協力をお願いしています。
過度なストレスは強迫症状を悪化させる要因になります。生活リズムを整え、適度な運動や趣味の時間、十分な睡眠などを取り入れ、心身のバランスを保ちましょう。カウンセリングやマインドフルネスなども効果的です。
強迫性障害は、時間をかけて少しずつ回復していく病気です。薬物療法や認知行動療法を継続し、ご自身に合った治療を根気強く続けることが大切です。
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